手縫いの革小物を中心に、自家採種の野菜栽培の記録なども綴ります。
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自家採種を続けてきた種子たち

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2007年頃からプランターで野菜の栽培を始め、少しづつ採種をしてきた種たちです。(ほんの一部です)

 

初めのころは種についてあまり気にしていませんでしたが、いろいろと調べ、実践をしていくうちに、自家採種することを前提にして種を選ぶようになりました。

毎年いろいろな品種を試していく中で、今でも採種を続けている品種もあれば、食味や生育が適さないと感じて採種をやめてしまったものもあります。

 

もともと、母親の趣味で大葉、春菊、インゲン、絹さやを栽培している様子を見ていたので、野菜を植えたら最後には花を咲かせて種を実らせ、翌年にその種を蒔くのが当然のことと思っていました。

ところが、いざ自分が栽培に興味を持ち、種のことを調べてみると、種子にはF1品種(一代交配種・雑種)や固定種、在来種といった違いがあることを知りました。

そして市場に流通している野菜の多くはF1品種であり、一般的に採種には不向きであり、生産者は毎年種を購入しているということ。

 

まずこれらの驚愕の事実に驚くとともに、「えっ。下手したら何百年もかけて生き残ってきた貴重な種が途絶えちゃうんじゃないの?」と、ちょっとした危機感も感じました。

想像するに、それぞれの原産地と呼ばれる地域から各地へ伝播されては、その土地に適応するために姿かたちや特性を変え、時には異常気象や未知の病原菌などに淘汰されながらも強い個体を残してきたはず。突然変異しかり。

こうして様々な環境変化に適応してきた記憶を遺伝子情報に刻み続けた結果、今があるはず。

それはこれからも同じだと思うし、気候変動が顕著に表れている昨今であれば尚のこと、その潜在的な能力を生かすことが、重要なのではないかなと感じます。

 

とまあ感覚的なものですが、こんなふうに感じたことがきっかけで自家採種をするようになりました。

そして、せっかくならやっぱり美味しい野菜を食べたい(食味は品種で6~7割決まるとも言われているようなので)、さらには巷では食べられないような品種を育てたいと思うようになり、国内外の品種を買い求めて栽培を続けています。

 

さらにもう一つの願望として、自家採種を続けることで自分の栽培方法やその環境に見合った遺伝子情報が刻まれていき、数年、数十年先には、より省力栽培に向いた適応力の高い種子に育ってくれるんではないか、という淡い希望を抱いていることも理由の一つです。

 

例えば、F1品種にせよ固定種にせよ、営利目的で採種される種子は、生産性を高めるためにそれなりに農薬や肥料を使って育成、採種されていると想像します。

そうすると、その環境で生き残った遺伝子情報が刻まれ、次世代でも同様の環境を求める性質を受け継いでる可能性も考えられます。

ということは、無農薬、小肥料もしくは無施肥の環境で生育、採種を繰り返せば、それに相応した逞しい種子に育ちうるのではないかなと。

山の草木や、道端のコンクリートの隙間から、のほほんと顔を出している草花の逞しさを見ていると、そんな可能性を感じます。

 

いずれにしても、栽培する自然環境や条件に適した品種を選定するのが大前提だとは思いますし、同時に多種多様な微生物の住む土壌環境を育てることも重要だと考えます。

そんなこんなで、前向きな妄想を抱きながら種と土を育てていきたいと思っております。  

 

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